活動日記

2018/07/16(Mon)
社会保障費の増大・そのB
日本の社会保障制度は、基本的には社会保険料を国民がみんなで払い、その保険料を基にして給付が行われている。そして足りない分は、公費(税金)で補填するという仕組みが取られている。

しかしこの仕組み自体が、驚くべき速度で進行する【少子高齢化】や【超長寿社会】の到来で崩れようとしている。

日本の年金制度や社会保障制度の原型ができたのは、1960年代後半から1970年代のことである。当時、日本人の平均寿命は男女ともに70歳前後であった。

それから約半世紀が経過。現在、日本人の平均寿命は男性81歳、女性86歳にまで伸びている。ちなみに女性の約半数が90歳以上まで生きる世界有数の長寿国となっている。

平均寿命は10歳以上伸びたが、社会保障の仕組み自体は、平均寿命が70歳であることを前提とした制度設計のまま、と言っても過言ではないのだ。

以前は、どこの自治体でも100歳を迎えた高齢者を祝福する行政サービスがあった。サービス内容としては、賞状と記念品と金一封が贈られるのが一般的であった。100歳を超える高齢者は全国で数えるほどしかいなかったのである。しかし現在、100歳以上の高齢者は全国で6万人を超える。よって、金一封まで贈呈する自治体は、ほとんどなくなったとされる。

寿命が伸びることは、喜ばしいことである。

日本が世界有数の長寿国であるということは、日本人が飢えることなく栄養価の高い良質な食品を食していることを意味し、さらには高度な医療技術が存在し、衛生面でも良好な環境が保たれていることを意味している。

ただ、その高齢化社会をバックアップすべき社会保障全般が、限界に近い状態に近づいているのだ。だから長寿を喜べない社会が到来しようとしている。

過去約20年間、日本の政治は、直面する社会保障の問題に関して、真正面から議論することを避け続けてきたと言える。

少子高齢化が進む中、今の社会保険を主体とする方策だけで本当に大丈夫なのか?現状維持を目指すならば、余ほど社会保険料を値上げしなければ賄えなくなるが、本当に値上げなしで乗り切れるのか?

財源がなければ、給付(行政サービス)を減らすか、そうでなければ、増税するのか?

つまり、日本の政治家は、「給付を減らす」のか、「自己負担を増やす」のか、あるいは「保険料を上げるのか」のか、「増税(消費税)する」のか、それらのうちのどういう組み合わせで対応するのか。

つまりほとんどの問題に関して、議論を避け、問題の先送りを続けてきたことが分かる。特に安倍政治のこの6年間では、ほとんど議論は進んでこなかった。むすろ二度の消費税増税延期で、日本の社会保障制度全般が大きく後退してしまっている。都市部における保育園の待機児童問題も消費税増税が予定通り進んでいれば、ここまで社会問題にならなかった可能性が高い。

現在、給与の31.0%が社会保険料として徴収されていることはすでに述べたとおりである(実際の個人負担はこの半分・雇用者サイドが残りの半分を払う)。

近い将来、社会保険料は40%に近づくであろうことが、すでに言われ始めている。給料の内、20%が社会保険料で持っていかれる時代の到来。

そうなれば、可処分所得は低下し、国民の生活は厳しさを増すだろうし、厚生年金をはじめとする社会保障費全般を負担できなくなる企業が続出するであろうことが予見できてしまうのである。

本来的な政治家の仕事とは、忍耐強さと真の知性が必要でかつ地味なものである。それができる政治家がほとんどいないことが、この国の危機と言えるんだと考えている。(俺がやるしかないか、とは思っているのだが・・・)

2018/07/13(Fri)
立憲民主党地方自治体議員研修会にて
7月12〜13日の日程で上京。二日間にわたって研修会があった。

現在、立憲民主党は26の都道府県で県連が設立されている。

党所属の議員数は、

衆議院議員56名
参議院議員17名

地方自治体議員461名

となっている。

今後どのような形で党運営されていくか、などの説明および意見交換がなされた。

二日目は、立憲民主党の選挙の進め方に関する研修だった。

立憲民主党は、草の根民主主義を実践する政党を目指すとの説明がなされた。また昨年の結党以来これまでの地方議会選挙での成功例を取り上げ、草の根的な選挙運動の成功例の報告がなされた。

草の根民主主義は、米国由来の言葉・概念で英語では Grassroots democracy という。地下茎の草の根のように大地に根差した民主主義運動のことを指す。

立憲民主党が草の根を目指すことは良いことなのかもしれないが、立憲民主党に参加している地方議員の多くが、労働組合出身の議員という現実がある。

労働組合の選挙とは、組織型のトップダウンの選挙形態が一般的。

つまりボトムアップ型の草の根とは真逆の選挙スタイルなのだ。

旧民主党(民進党)が根本的に抱えていた問題として、民主党に所属する地方議員の中には選挙の手法が大きく異なる二種類の議員(労働組合出身の議員とそうでない議員)がいたことが指摘できる。

労組出身の議員は、選挙の際、事務所のスタッフから選挙期間の工程づくりや資金の工面から、何から何まで、基本的に組合が行う。

一方、労働組合出身ではない濱田のような議員は、ほぼすべてのことを基本的に候補者本人が段取りをする。

つまり驚くくらいの労力の差があるのだ。

ちなみに自民党の議員は、基本的に自前で選挙をする。つまりその点に関しては濱田と同じであることが分かる。しかし自民党の場合、業界・団体を公共事業もしくは補助金で縛り上げるという点において濱田と大きく異なるのだ。

濱田からは、旧民主党が抱えていた以上のような根本的な問題にどのように対処していくのか。また労組出身の候補者とそうでない候補者の資金面での差別化等を検討してほしい、趣旨の申し出をした。

会社を辞め、自前ですべて段取りして、大変な思いをして当選を果たし、そして野党に行く。なんていう議員は、ほとんどいないという現実がある。

立憲民主党が真の国民政党になるには、 Grassroots democracy しか方法はない。この方法で勝ち上がる新人を発掘し育てるのも濱田の役割である。

2018/07/11(Wed)
上京
7月12日、13日上京しますので活動日記お休みします。

2018/07/08(Sun)
社会保障費の増大・そのA
アベノミクスが始まって6年が過ぎようとしている。この間、10%への消費税増税は2度も延期された。(2019年10月に実施予定)

日本では消費税を上げるとなると、内閣が倒れるくらいの大騒ぎになるが、社会保障費が上がったとしても、ほとんど文句が出ない。

これには日本特有の事情があるからだと考えている。

日本では、所得税や県民税等の税金や社会保障費の多くが給料からの天引きとなっている。つまり源泉徴収が制度として確立しているのだ。

源泉徴収は、政府にとっては都合の良い仕組みかも知れないが、自ずと納税意識は希薄になると言われている。ちなみに現在、日本のサラリーマンが、税金を直接納めるケースとしては、固定資産税や自動車税の支払い、そして消費税くらいと言える。

つまり、直接納める消費税だからこそ、大騒ぎになるのだ。

ちなみにアメリカは人口3億人を超える国であるが、アメリカの労働者は正社員からアルバイトに至るまですべての労働者が、年に1度は税務署に出向き確定申告を行う。(現在はネット申告)

源泉徴収制度がないので、各個人が政府(州)と交渉する必要があるのだ。

アメリカの労働者は各種の税金を一括の年払いで払うのか、分割で払うのか、仕事で使用するシャツやネクタイ、スーツは経費で計上できるのか、できないのか。そんな細かいことまで税務署とやり取りをする。

だから自ずと納税意識は高まり、結果的に政治に関心が高まると言われている。

なぜ、アメリカでは行政にとっても納税者にとっても手間のかかる確定申告・納税手続きを各個人が行うのか?

それはアメリカという国が、民主主義の根幹を形成するものとして、納税の義務があることをよく理解し、かつ納税は個人の自由を保障する権利なのだとする考え方が確立されているからだ、と言える。

日本で行われている源泉徴収制度というのは、世界的にも稀な仕組みと言える。また国民を飼い慣らすには優れた仕組みと言ってよいのだと思う。

なぜなら、この仕組みを通して国民が考えなくなるのだから。

(続く)

2018/07/07(Sat)
社会保障費の増大・その@
社会保険料をどのくらい払っているのか?また、どのくらいの伸び率で社会保険料が増大しているのか?

この問いに対して明確に答えることのできる人は、ほとんどいない。

社会保険料とは、各種年金や健康保険、介護保険等を指し、老後の生活に備えたり、病気になったり、自立して生活できなくなったりといったリスクに備えることが主な目的となっている。

少子高齢化の波は、社会保険料全般を押し上げることを意味している。

では、どのくらいの負担増になっているのか?

1965年には現役世代9.1人で65歳以上の高齢者1人を支えていたので、現役世代の負担はそんなに重くはなかったことが分かる。しかしその後、少子高齢化の波は予想以上のテンポで進み、現役世代にそのしわ寄せが押し寄せようとしている。

1965年 9.1人で1人の高齢者
2012年 2.4人で1人の高齢者
2050年 1.2人で1人の高齢者

社会保障は、現時点でもほとんど崩壊状態なのであるが、足りない社会保障費は、国債発行(借金)でなんとか補填し凌いでいるという状態が続いている。

こうなるであろうことは、人口予測・統計学上も明白なのであるが、どの政治家もほとんど手を打てないできた。

一応、国(自公政権)は、2004年に「100年安心」の謳い文句で年金制度改革を実施している。その際、国は「保険料を2004〜2017年まで14年にわたって引き上げ続ける代わりに、所得代替率50%を維持できる100年安心の制度をつくる」と国民に約束。

その結果、会社員が加入する厚生年金の保険料は、2004年の1月には給与の13.1%だったが、最後の引き上げとされる2017年9月には18.3%まで上昇している。

〇厚生年金保険料率

2004年1月 給与の13.1%
2017年9月 給与の18.3%

同じ時期の健康保険の保険料率(協会けんぽ平均・介護保険も含む)は9.3%から11.5%まで上昇。

〇健康保険料率

2004年1月 給与の9.3%
2017年9月 給与の11.5%

さらに雇用保険や労災保険も含めると、全体の社会保険料率は、25.1%から31%まで上昇(これを労使で折半して納める)している。

〇全体の社会保険料率

2004年1月 給与の25.1%
2017年9月 給与の31.0%

ほとんどの国民は、【社会保険料=税金】という意識が希薄と言える。よって昨年の時点で給与の31%が社会保険料として徴収されるようになっている、といった現状認識を持ち合わせている国民は、ほとんどいない状態といえる。

「社会保険料は、高いな?」くらいの感覚か。

社会保険料率の増大は、可処分所得が減少することを意味している。

この6年間、政府がアベノミクスと称して経済対策をしようが、実質賃金が上がらなかったとされる。その大きな一因として、社会保険料の増大があったことが指摘できるのだ。

(続く)

2018/07/04(Wed)
早稲田大学青年会にて
濱田は現在、母校の早稲田大学熊本県校友会の幹事を務めている。

幹事会は毎月開催され、年4回開催されるOB会(新年会、総会、暑気払い、観月会)や寄付金集めなど様々な活動をしている。

昨年は、藤崎台球場で野球の早慶戦を開催したりもした。社会貢献の一環としてチケットの売上金の一部(50万円)は、昨年、熊本県に早稲田大学校友会から寄付している。

その他の役職として濱田は、早稲田大学認定の商議員も務めている。

濱田は大学関係では、早稲田大学青年会にも属している。

先日、早稲田大学青年会が開催された。毎回、5〜6名が参加。多い時は、20名ほどが集まる。

雑談の中であるが、【早稲田大学青年会として、何か社会貢献できないか】という話になった。

濱田からは【無料塾】を開催できたら良いのでは、と提案。

早稲田のOBなら、英語は皆、抜群にできるので、持ち回りで講師を務めることは可能。日曜日限定で英語の無料塾を開催できないか。時間は昼の1時から5時まで。場所は、濱田が提供可能。

毎週日曜日に濱田が1人で講師を務めるとなると、ちょっと大変なので実現不可能となるが、10人くらいが賛同して協力してくれるならば、十分やっていけるのではないか、と感じている。

OBは皆、自立しているので、講師料は必要としない。みんな、結構、乗り気みたいだった。

早稲田のOBが、無料塾を県内で始めたとなると、それはそれで話題になるなと感じている。

選挙があるので、来年の4月以降の話になるが、こんな活動もしていけたらな、と考えている。

2018/07/03(Tue)
激闘
ロシアで行われているサッカーワールドカップで、3日、日本が激闘の末、ベルギーに敗れた。スコアは2対3。ちなみにFIFAのランキングでは、日本は61位、対するベルギーは3位。

前評判を覆し、後半開始早々、日本は鮮やかに先取点を取り、続け様に2点目を獲得。日本中の誰もが、勝利を確信したと思う。

しかし、日本は徐々にベルギーのパワーサッカーに押され、後半20分以降に立て続けに2点を奪い返され、ロスタイムの残り1分で逆転されてしまった。

日本中に悲鳴が満ちていたであろうと思う。

日頃、サッカーの試合を観戦しない濱田までが、早朝の3時からテレビ画面に釘付けで日本代表を応援。

日本のサッカーというのは、見ていて気持ちのいいサッカーだと思う。何れのゴールも洗練された技術の上に成り立っており、「これぞゴール」というような鮮やかな線形を放つ。

対するベルギーのサッカーは、【技】以前に【パワー】でごり押し、結果、ゴールにねじ込むというサッカーだったように思う。

ちなみに欧州でサッカー強国と呼ばれているほとんどの国(イギリス、フランス、ベルギー、オランダなど)で活躍している中心選手は、ほぼ元移民の子供たちと言える。

難民もしくは移民として欧州の国にたどり着き、サッカーでのし上がってきた子供たち。

フランスの英雄ジダンにしても今回のベルギーのルカク選手にしても、サッカーが生き残るためのすべてであり、家族を支えるすべてであり、移民の子としての責務であり、誇りであるのだと思う。

だから、究極の場面において、日本の情熱を上回るのか。

大変残念な結果になってしまったが、日本代表の健闘そしてベルギー代表の健闘を心から称えたいと思う。