活動日記

2019/03/19(Tue)
慌ただしく
法務局へ行き県議選に必要な供託金60万円を支払った。法務局からその証明書をもらった。その後、印刷会社に行き、法定チラシと選挙公報の最終チェック。

これで県議選に必要な書類が揃ったことになる。印刷が終わったら、選挙管理委員会に事前審査に行く予定。

夕方、1時間だけ、有権者廻りを行った。

3月に入ってから、企業の朝礼等に参加させてもらっている。毎日ではないが、そこそこ予定が埋まっている。ありがたい話だ、と思う。

ここ最近、朝から晩まで慌ただしく過ぎているような感じである。

2019/03/18(Mon)
やり切った感
3月29日(金)の告示まであと10日となった。

今日は3月にしては肌寒かった。しかし快晴。

午後からはいつものように挨拶回り。この1日1時間半から2時間半の挨拶回りは、去年の1月の下旬くらいから始めており、もう1年以上も続けたことになる。

この1年2ヵ月の間に、濱田は名刺を約7000枚刷った。そのほとんどを使用。つまり約7000人の人と直接お会い名刺を配ったことになる。

どうなんだろう、この数は多いのか少ないのか。

この1年2ヵ月で歩いた距離は膨大なものとなった。来る日も来る日も歩いた。

すると【やり切った感】というのが生まれた。

現職としてこれ以上の活動は、もうできない。そんな思い。

濱田が人生で初めてやり切った感を感じたのは、1浪して再度受験した時。目指したのは私大の最高峰。当時濱田が目指した学部には推薦入学なんてなくて、すべての受験生が一発勝負。熊本県で受かるのは、年に2〜3人。

浪人の1年間、驚くぐらい勉強したことを覚えている。

とにかく集中して勉強。もうこれ以上はできない。これで落ちたら、俺のせいじゃい。そんな感じ。

やり切った感。

真っ当なやり切った感があれば、合格ラインを相当超えていることになる。するとどんなに難しい問題でも楽勝となる。

そして試験が終わった瞬間に合格を確信。試験なんてそんなものである。試験問題は人が考えたものなんだから、答えは必ずあるのだ。中途半端に勉強するから、落ちる。

濱田が文書作成能力や理解力が高いのは、学生時代もしくは浪人時代に培ったスキルも大いに関係している。短い試験時間で大量の英文しかも外国人が読んでも答えに窮する難解な英文を瞬時に理解する能力が求められるんだから。

どんなに難しい試験や資格であっても、本人の努力次第で突破可能。やり切った感があれば、確実となる。

しかし、殊、選挙においては、たとえ、やり切った感があったとしても、結果は違ってくる。そこが難しいところか。

まあ、やり切った感があれば、後悔とか未練とかそんな類の感情はなくて、次へ進めることになる。

人生は意外と長いから、まあ、いろんなことがあって当然なのだ。

2019/03/17(Sun)
低調
今回の県議選で濱田が立候補予定の熊本市第1選挙区・定数12人(中央区・東区・北区)では、各陣営の動きは、これまでになく低調となっている。

これは熊本市第2選挙区・定数5人(西区・南区)がほぼ無投票という状況に引っ張られての低調さ、と言えるのかもしれない。

同じ熊本市で、隣接する第2区が無投票ならば、選挙区を超えた相互の声掛け、というのがなくなるからだ。

例えば、西区に在住のAさんは第2選挙区のB県議の熱心な支援者だとする。

「私は西区に住んでて、濱田県議に投票できないのだけど、第1選挙区(中央区・東区・北区)の友達に濱田県議に投票するように頼んどくから。その代わり、B県議を応援してよね。第2選挙区に住んでる濱田県議の支持者にB県議に投票するように頼んでね」

こんな会話が起きるはずなのであるが、今回の選挙に限っては、まったくと言っていいほど、こういう会話が聞かれないのである。

結果、投票率は40%を切る可能性が大きくなっている。(前回は41%)

第2区が無投票になったのにはいくつか理由があって、昨年の9月に第2選挙区の補欠選挙・2議席分が行われたのだが、立憲民主党が新人を擁立できなかったこともその理由の一つと言える。擁立できないまでもその際立候補した新人候補に推薦等の形で何らかの対応をすればよかったのだが、それさえもできなかったのだ。

もちろん立憲民主党には、なぜ候補者を擁立しないのか?といった多くの声が寄せられたが、結局何もできなかった。

濱田は立憲民主党の幹事長の立場にあり、責任を痛感している。

新人を擁立しようとすれば、怒りだす人がいたりして、政治というのはドロドロした面があって、なかなか思うように行かないというのが正直なところなのだ。(いろんなことがあったのう・・・)

2019/03/15(Fri)
2月定例県議会閉会
15日、2月定例県議会が終わりました。4年間、一日も欠かすこともなく、すべての議事日程に出席することができました。

4年間は、あっと言う間というわけではなくて、ずいぶんと様々なことに取り組めた4年間でした。本当に多くのことがあった4年間でした。

その中でも最大の出来事は、やはり熊本地震と言えます。

ピーク時には18万人を超える県民が、避難所暮らしもしくは車中泊を強いられました。数十万人の県民が、大変な思いをした地震でした。5万人近くの県民が全壊もしくは半壊で家を失いました。

県議会の本会議場も天井や壁が崩れ使用不能になっています。地震後開かれた臨時議会は、被災を免れた別の会議室で防災服のまま行われました。

地震の年の県の予算は1兆3000億円を超えました。この金額は通常年のほぼ倍の金額にあたり、このことは県議会での予算の審議および県職員の仕事量が部署によっては膨大なものとなることを意味しました。

県議会議員は当時47人。それぞれが粛々とそれぞれの役割を果たせたのではないか、と思います。

濱田は県議会議員として、復旧・復興の最前線で仕事ができたことを素直に嬉しく思いました。またその立場にいたことに感謝しました。

濱田の住んでいるエリアでは、地震発災後約2週間、ガスと水道が不通でした。ですから約2週間風呂に入ることができませんでした。本当に大変だったことを思いだします。

被災地には、何度も足を運びました。県議会として会派として政党として。支援物資もずいぶん届けました。

振り返るに、被災地で振舞われていたおにぎりや炊き出し弁当等、一切口にできなかったことが印象に残っています。県議が握り飯を食べたら、まずいんじゃないの、ということで、食べなかったのです。

1個ぐらい、いいんじゃないの、と思ったのを覚えています。

熊本市のある老舗の食品メーカー様から納豆5000パックを頂いたことが印象に残っています。「被災地に届けて下さい」とのことでした。高校の先輩が気を利かせてくれたのです。「県議の大造くんが届けた方がいいだろう」とのことでした。益城町の体育館に運んだことを覚えています。

多くの皆様から支えられた4年間でした。

2019/03/13(Wed)
低投票率との戦い
今回の県議選は、低投票率との戦いでもある。

前回の県議選熊本第1選挙区(中央区・東区・北区)の投票率は41%だった。今回、第2選挙区(西区・南区)がほぼ無投票になる状況がある。そのあおりを受けて、各陣営の動きは低調となっており、40%を切るのでは、と言われている。昨年暮れの市長選は、辛うじて30%を超えた状態。

低投票率になると、濱田のような組織がない候補者は厳しくなると言われている。

だから今回、濱田は低投票率とも戦っているのだ。

今回の選挙から選挙期間中に法定ビラ・16000枚をまくことが可能となった。その原稿がようやく終わった。同時に法定はがきと選挙公報の内容も決まった(校正をする必要があるが)。事務作業としてやることが結構ある。空いた時間で終わらせるようにはしているのだが、ようやくひと段落といったところか。

今日挨拶に行った営業所の方から、

「うちの会社は福岡が本社で熊本の営業所は私一人なんです。濱田県議が朝立っているのは、もう何度も見てます。熊本にも朝立ってる政治家の方がいるんだと感心してました。やっぱりあれが一番ですよ。」

とのこと。

辻立ちの回数だけなら、県内の政治家の中では、ダントツで1位だと言える。まあ、根性だけはあるんだと思う。

しかし辻立ちの姿を見て感心したとしても、投票に行かないのだったら、そんな努力もほとんど意味がないことになる。

選挙というのは、本当に難しいな、と思う。

2019/03/11(Mon)
選挙はやっぱり大変です
3月29日告示、4月7日投票の県議選は、熊本県では過去最低の立候補者数になっている。49議席に対して60人の立候補者数。4年前は48議席に対して68人が立候補。前回も過去最低だったが、今回それを大幅に更新する可能性が大きくなっている。

現状では県内21ある県議選の選挙区の内、12の選挙区で無投票の公算が高い。この無投票当選者の比率は40%を超え、今回県議選が行われる41都道府県の中では5番目の高さなんだとか。

議員には現在、議員年金はないし、元々退職金もない。落選したら本当になにもなくなる。リスクを背負ってまで立候補する人自体がいなくなってしまっているのはよく理解できるのだ。

濱田は県議を8年やってみて、本当にそれを実感している。

過去何度も言及したが、県議選には最低でも1000万円は掛る(運動期間をどのくらい設定するかでも違ってくる)。

具体的に見るなら、

・事務所の家賃125万円
(コンビニ跡地が家賃25万円として、礼金・敷金をれぞれ1ヵ月と家賃3ヵ月分で125万円となる。プレハブの事務所ならまだ高くなる)

・事務所の備品その他で100万円
(電気工事、ガス、水道、エアコンの設置、パソコン、コピー機、電話・ファックス等)でザっと100万円。

・選挙カー1台 60万円〜90万円
(自家用車かレンタカーかで費用も大きく変わる)

・ウグイス嬢料金 日当1万円〜1万5000円×人数

・スタッフの給料
(選挙管理委員会に届ける労務者の給料。何人雇うかで金額が違ってくる)

・数千〜数万軒に掛ける電話料金
(濱田の場合、50万円〜60万円程度か)

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選挙事務所の経費だけでも最低500万円は掛かることが分かる。

これ以外に、名刺やチラシやポスターやリーフレットや封筒等の印刷代が掛る。この印刷代だけでも最低100〜200万円は掛る。印刷物を支持者に送るには郵送料が必要。枚数によるが、こちらも100万円単位で費用が掛かってくる。それ以外にもポスティング料もある。

他の候補者同様、濱田も毎回、頭がグラグラする思いで選挙を行っている。お金のことを考えると、県議というのは、限りなく名誉職に近い存在なんだと思う。

濱田の様な存在。立憲民主党という野党に所属し、企業献金や団体献金を受け取っていない政治家は、金銭的に行き詰ることは確実となる。

党から出るおカネは、基本的に供託金程度。

今回、立憲民主党は新人の公認予定者には100万円、現職には80万円が出た。まあ、当選したら、毎月党費(2万円程度か?)を払うことになるので、前借しているのと同じではある。結党してまだ1年半で党自体にお金がないので、全国的に推薦はほとんど出していないのではないか。

県議として頂いた歳費(給料)は、ほぼすべて政治活動や選挙費用で消えてなくなる。落選したら、無職の質(たち)の悪い中年のオヤジとなる。

このままではあらゆる意味でマズいなぁ、と考えていたので、濱田は今期、起業したのである。現在、会社は順調で従業員数は21人となった。スタッフによると、会社はものすごく順調なんだとか。ありがたいことなのだ。会社を始めてやがて2年になるが、この間、辞めたスタッフは今のところ誰もいない。入れ替わりが激しいデイサービス業界では異例のことなんだとか。(会社はほぼ家内が仕切っているが・・・)

濱田は30歳で会社を辞めて、はじめは本当に何もなかったが、今では人様に給料を払う立場にもなった。税金もビックリするくらい払うようになった。

ある意味、ずいぶん強くなったと思う。(人様の協力があってのことだが。)

政治家というのは、ある意味、究極の自立が求められる存在である。自分の生活もままならない者が、他人の生活を豊かになどできないのだから。

2019/03/10(Sun)
朝礼
日曜の朝だが、ある企業の朝礼に参加させて頂いた。その会社は、濱田が通っているスポーツジムのサウナで知り合った社長さんが経営。従業員が60人くらいいる会社。

2週間ほど前、ジムのサウナに入ったら、久しぶりにその社長さんとお会いした。

「以前は〇〇県議を応援していたが、いまは特に誰も応援してないから、濱田君うちの会社に来るたい。」

とのこと。

濱田の繋がりは案外、そんな感じが多い。ありがたい話なのだ。

法定はがきの原稿、ポスターの打ち合わせ、法定ビラの作成と、まだまだこなす作業がいくつかある。どれも大切な作業で一生懸命取り組んでいる最中でもある。