活動日記

2021/01/22(Fri)
河井杏里参議院議員に有罪判決
21日、一昨年の夏に行われた参議院議員選挙における一連の買収事件で公職選挙法違反で逮捕されていた河井杏里議員に判決が出た。

東京地裁は、懲役1年4ヵ月執行猶予5年の有罪判決を言い渡した。

ちなみに河井杏里議員は、いまだに参議院議員の職に留まっている。夫の克行氏は現在も塀の中にいるが、身分は衆議院議員のままだ。

つまり、夫婦揃って議員辞職する気はないのだ。(裁判費用も掛かるし、彼らには辞めれない理由があるのかもしれないが・・・)

彼女は、夫の河井克行被告(前法務大臣)と共謀して、広島県内の地方議員にカネを配りまくった。認定された買収金額は約100人に対して2900万円。

この2900万円は、安倍総理・二階幹事長から渡された1億5000万円が原資とされている。もちろん1億5000万円の大半は税金が原資。

今回の判決で争われたのは、その内5人に対して配った170万円の違法性に関して。

判決は、河井議員が4人の広島県議に渡した計160万円は買収目的と認定し有罪とし、市議に渡した10万円は克行氏の単独行為であり、共謀を否定し無罪とした。

それにしても、である。

前法務大臣とその妻が、地方議員や市長等にカネを配りまくり、違法性を認識しながら、それを受け取る議員や市長がいたのだ。

中には「そんなカネは断じて受け取っていない!」と憤慨していた市長さんが、検察から証拠を握られると一転、丸坊主になって弁明しだす有様。

同じく、カネを貰ってません!と強弁していたにもかかわらず、やっぱり貰ってました、として、テレビ画面の前で泣き出す広島市議会議員さんもいた。

これは、まさしく喜劇ですな。

ちなみに、カネを貰った地方議員や市長の中には、何名かは責任を感じて、辞職をした人もいたが、ほとんどがその職に留まっている。

また100人に関しては、誰も罪に問われる予定はないんだとか。無罪放免。

つまり貰い得なのだ。困ったもんだ。

河井夫妻の事務所や自宅は、検察による家宅捜索を受けている。押収した資料を分析して出てきたのが、広島県にあるアキタフーズの贈収賄事件だった。

アキタフーズの前会長が、吉川農林水産大臣に総額1800万円の賄賂を贈ったとされる事件。(賄賂と認定されたのは大臣在職中に渡した500万円)

まだある。

河井杏里参議院議員の選挙を取り仕切ったのは、安倍事務所の公設秘書だった。その秘書は、桜を見る会の事件で、政治資金規正法違反で略式起訴され、100万円の罰金を支払う判決が出されいる。その秘書は、すでに安倍事務所を退職。

その秘書は、1億5000万円の使途も知っているとされている。

昨年、安倍政権の守護神と言われていた黒川検事が、検事総長に成れずに失脚。

すべてを揉み消してくれるであろう人が、失脚してしまったのだ。

結果、安倍総理が、退陣に至らざるを得なかったであろうことは、容易に想像がつくのだ。

2021/01/21(Thr)
なぜ政治家を目指すのか
「なぜ政治家になったのか?」
「なぜ政治家を目指したのか?」
「なぜ良い会社を辞めてまで、政治家を目指したの?」

それらに類した質問を過去に何度も頂戴しことがある。

答えは以下だ。

【濱田大造は、生まれもっての政治家である。そのことを自覚したから政治の道に進んだまでのこと】


残念ながら、世のため人のために、政治家に成ろうとしたわけではない。

そんな殊勝で謙虚な気持ちではなくて、

濱田が政治家になるならば、多くの社会問題を解決できるはず。(結果的に世のため、人のなめになる。)

だから、政治家に成るしかない。

そう思ったまでのこと。だから30歳で会社を辞めた。

5年前、日商岩井の同期が東京赤坂に集まってくれた。

同期のうちの1人が、

「ところで大造、県議会議員って、(年収)いくら貰えるの?」と尋ねた。

当時濱田は45歳だったが、すでに日商岩井の同期の方が年収は上回っていた。

ご承知の通り、議員には年金もないし、退職金もない。仮に日商岩井(双日)に残っていたなら、カネの苦労はしなくて済んだはずだ。海外駐在もしたであろうし、関連会社は700社近くあり、最低でもどこかの関連会社に役員として潜り込み、70歳前後まで安泰な人生のはずであった。

しかし、そんな人生をあっさり捨てた。

濱田は県議選では結果的に2回も次点で落ちて、やっと3期目に成れたというのに、今度は衆議院議員選挙に出るという。

しかも可能性は極めて低く、圧倒的に不利な状況。

人は何と思うだろう。

馬鹿と思うのか、横着者と思うのか、漢気があるというのか、度胸があるというのか、責任を取らされたと思うのか・・・・

濱田は、政治家を職業とは考えて来なかった。

職業と考えるなら、毎月の歳費(給料)が惜しくなり、辞めることはできないだろうと思う。

人生は、カネの為ではない。しかし、カネがなければ、正直ほとんど何もできない。

だから、起業。

今では、従業員60名を超える会社になった。(しかも超人気店)

濱田の思考は、しなやかで、柔軟。すべては、大舞台に挑むための準備であった。

濱田は、ずっと備えてきた。

だから、結果を恐れず、挑める。

政治家を名乗る者が、あまりにも弱くなり過ぎたため、世の中の混迷は深まる。

衆議院選挙まで僅かな期間であるが、大いに頑張ってみようと考えている。

皆さん、大いに期待してください。

2021/01/20(Wed)
手続き
公認申請の書類を本日、速達で党本部へ郵送。

党本部の常任幹事会は1月26日の予定。常任幹事会で承認されれば、晴れて正式に衆議院第1区総支部長に就任となる。

国政選挙の候補者になると、各マスコミからの調査票が山のように来る。マスコミの数だけ、経歴書を書く必要があるのだ。

今週は、事務作業だけで終わるのではないか。

党本部からは、「早くて4月25日に総選挙が行われるので、そのつもりで準備を」とのこと。

本当に4月25日なら、ほとんど何もできないまま、選挙が終わることを意味している。

自民党現職の広報版は、どうだろう、2000枚くらいあるんじゃないの?

広報版の設置だけで、選挙が終わってしまうのでは?と危惧する声もある。

ちなみに広報版は1枚1500円する。濱田の広報版は、現在7ヵ所くらいしかない。100ヵ所設置なら、15万円で、1000ヵ所なら150万円かよ、と思ってしまうのだ。1人で設置はできないので、業者に頼むとさらに費用は嵩む。

衆議院の任期満了(10月21日)までちょうど9ヵ月。それ以前に選挙があることは確実で、この時点で公認になる候補者は、ほとんどいないことが分かる。

よくよく考えると、頭がクラクラしてくるのだ。まあ、やれることをするのみなのだ。

2021/01/19(Tue)
準備
2月定例県議会で今期4度目の質問を行う。

1月6日から開始したヒアリングが、本日(19日)終了。計15部署からのヒアリングだった。このうち6〜7つの質問をする予定。

昨日、選挙に使用する写真撮影を行った。少しずつであるが、準備を進めている。

県議会議員は、衆議院が解散するまで続ける予定なので、今しばらくこのままの状態が続く。

衆議院選挙の場合、4年間頑張ったからといって、当選できる類の選挙ではない。別次元の力が大きく左右するので、割とのんびり構えている。

そもそも濱田は、2002年5月から朝の街頭演説を続けてきた。だから、今更、知名度がどうのこうのという次元は、とっくの昔に過ぎていると考えている。

熊本市民の全員に名前が知れ渡るように市内各所で19年間、街頭演説を繰り返してきたのだ。

その回数は、優に2000回を超える。毎回、40〜60分の街頭演説。最初の頃は、正月元旦にも街頭演説を行い、年300日くらい辻に立っていたので、回数はもっと多いかもしれない。

間違いなく、県内すべての政治家の中で、ダントツで汗を流してきたと思う。また、考えられないぐらいのどぶ板もやってきた。

だからこそ、県議選で、どこの業界・団体の推薦なしに、1万票が獲れるのだ。

衆議院選挙は、10万票を超える戦いになるのだが、決して無理な数字ではないと考えている。

政治家には、大いなる楽観というのが必要で、「一体、自分は何票まで到達できるのか」と考え、ワクワクしている自分がいたりする。

巨大自民党が相手であり、4万票で惨敗という結果も、大いにあり得るとも考えている。

とにかく、最善を尽くすだけである。

2021/01/18(Mon)
徳を積み、運を呼び込む
濱田は、基本的に人の悪口は言わないようにしている。

理由は二つある。


1、人の悪口をいうと、徳がなくなり、運が逃げていくから

2、人の悪口を言う暇がないから


濱田は、ここ何年か、人に恵まれ、仕事に恵まれてきたと思う。

県議会議員の仕事以外に、立憲民主党の県連の幹事長としての仕事、自らが経営する2つの会社の仕事、等々。

日々、本当に多くの皆様と仕事に励んできたと思う。

選挙に出ると身に染みて分かるのだが、政治家は本当に多くの皆様の無償の善意の上に成り立っている仕事であることが分かる。

また、会社を経営する上で、何かしらの縁あって会社に就職しれくれる従業員は、すべて大切な存在となる。もちろん、取引先も大切な存在。

支え、支えられ、そして、すべてに感謝するということ。

また、真剣に生きていると、徳積みがいかに大切かが、理解できるようになる。

その延長線上に今がある。そう考えている。


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先日、上京して立憲民主党の幹部の皆様と話す機会があった。

枝野幸男代表は、世間から何を言われようと、決して人の悪口を言わない。自分の信じる道を進んでおられる。福山幹事長も同じ。長妻昭さんも同じである。

志の高い人達と仕事ができることが、濱田にとっては大いなる刺激となっていると思う。

2021/01/17(Sun)
いばらの道
昨日、記者さんから自民党の現職についてどう思うか、と尋ねられたが、相手さんがどうのこうのという気持ちは、正直、ない。

現職の方は公募で選ばれ、その4か月後には衆議院議員になられた方。2005年の郵政選挙。

だから、誰と戦う、といった意識はほとんどなくて、自民党の巨大な組織が対戦相手といった感覚なのだ。

濱田は、10年間県議をやってきたので、自民党の組織力の凄まじさは誰よりも理解していると思う。

それとどう対峙していくか?

ご承知の通り、コロナ禍で、人と握手できない、対話ができない、集会が開けない状況にある。

つまり、新人には極めて戦いにくい選挙となるであろうことは、最初から分かり切っているのだ。

週明けに、立憲民主党の党本部に対して正式に公認要請がなされ、党本部の常任幹事会が1月26日に開催され、そこで正式に決定される予定。

正式に候補予定者になってから、動き出すことになる。事務所のスタッフやら、すべてがこれからの状態。

どの道、いばらの道が待っているのだけは、確かなようである。

2021/01/16(Sat)
そして国へ
本日(16日)立憲民主党熊本県総支部連合会の幹事会が開催された。

幹事会で、正式に濱田大造が、次期衆議院選挙の第1区の予定候補者になることが全会一致で決まった。

身の引き締まる思いである。


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以下は、濱田が31歳の時(19年前)に書いた文章。このHPの扉に掲げる文章。

今読み返してみて、当時といささかも、気持ちは変わってないことを思うのである。

20年、命懸けでやってきて、ようやく国政への挑戦権を得るに至った。

衆議院議員とは、本来、それくらいの重みのある立場、職責なんだと思う。

いばらの道は、まだまだ続くようである。

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若者の政治離れがいわれて久しい時が経つ。若者に限らず各世代を通じて、日本の政治に対して諦めに似たしらけた感覚が漂っているように思われる。つまり「誰が政治家になっても一緒」なのである。そして気がつけば、日本という国は、世界史にも類のない程の借金を背負い込んでしまった。

私は、率直に、現在の政治のあり方は間違っている、と思う。政治とは権力のことであり、権力とは世界中いつの時代であっても利権と密接に結び付いてきた扱いにくい代物である。それゆえ、政治家の条件としては、セイント(聖人)とはいかないまでも、利権・利益とはある一定の距離を保て、存在するすべての人々のために、己の全存在、命までを懸けることのできる人物が求められる。

しかしながら、これまでの日本の民主主義では、ある特定の業界・団体の利益を代表する者が、圧倒的な資金力と組織力を背景に選挙を勝ち抜き、政治家と呼ばれ続けてきた。したがって、議会における多数意見と市民の多数意見とは必ずしも一致しなかったと言える。(明らかに無駄と思われる公共事業がいっこうになくならないのは、そのひとつの例。)そしていつの間にか多くの人々にとって、政治の世界というのは「浮き世離れ」したものになったのである。

そして若者に限らず、誰も政治家を目指さなくなってしまった。私が最も問題視していることは、将来に責任を持てない莫大な負債を誰がつくったのかとか、そんなことではない。悪い状況であれば、正しき方向を必死になり見つけ出せばよいだけのことである。つまり、いちばん問題なのは、その困難に対して挑戦しないこと、誰も立ち上がらないことにある、と考える。

人間が人間たるゆえんは、不可能と思われる事柄に果敢に挑戦し、ひとつひとつ克服していくことにある、と思う。また、ここで戦うしかないという瀬戸際に立たされて、初めて自己認識ができる。そして、それを越えることで、自分の知らない自分を発見できる。人生観、価値観が変わる。そういうことを追求する姿勢が、私は「知性」だと思う。

「国一人(いちにん)をもって興る。興らざるは努力せざるにあり。」のことばのように、すべては個人から始まる。

歴史が証明しているように、政治・経済・学問・宗教・文学・教育・企業、人間の考えだしたあらゆる営みは、すべて強力な「個」から生まれ発展したにすぎない。小さな挑戦が、時として人類にとって偉大な足跡を刻む。

今、一人の若者が、政治に対し素朴に疑問を抱き、自分なりに考え行動しております。しかし、道のりは嶮しく、打破って進むべき壁は高しと言えます。若輩者ではありますが、今後とも御理解と御指導を頂けます様、万感の思いを込めて御願い申し上げます。


濱田大造 拝