活動日記

2021/04/11(Sun)
自立しすぎだね
選挙とは、現代日本に残された事実上、唯一の軍事力を伴わない戦いと言える。その戦いは、無差別級の戦いなのだ。

カネのある者はカネを使い、カネのない者は、知恵か体を使う。人望のある者は、仲間を集う。候補者の能力も人それぞれ。

選挙のやり方は、候補者によって千差万別であり、法律の範囲内であるなら、基本、なにをやっても構わない。

山の上り方は、人それぞれで、当選した人のすべてのやり方が、正解となる。どの方法が正しくて、どれが間違っているとは言えないのだ。

それが、選挙と言える。

それにしても、濱田は自立しすぎてるのかな、と思う。

選挙に至るまでのほぼすべての工程は濱田1人で管理。チラシの作成から、後援会作り、後援会への挨拶回り、集会の企画、看板の設置、ポスター貼り、年間行事と、ほぼ1人で企画しやってしまう。ここ2ヶ月で市内に設置したいくつかの広報版は、ほぼ濱田1人で設置。

事実、県議選はほぼ1人でやってしまった。県議選では秘書もいなかった。(選挙期間中だけ運動員を配置)

4年前に起業した際も、基本、濱田独り。自分で企画し、銀行に行って融資を取り付け、従業員を雇い、起業。まあ、会社の場合は、家内が良き同伴者・理解者になってくれたが・・・・

今回の衆議院選挙、このまま行くと、独りで乗り切ってしまう感が漂う。ややもすると、独りで10万票、獲ってみせるよ、くらいの感じ。

さすがに、これでは拙いんではないか、と思うのだ。

そんなのでは、勝てない。多くの仲間を募らないと駄目だぁ、と思うのである。

2021/04/10(Sat)
選挙と仕事
先週からチラシ作りを行っている。

いま、最終段階。

中々、時間が取れない中でのチラシ作りとなっている。しかし、たぶん良いのができる。

2年前の4月の県議選からちょうど2年が経過。そして濱田は休む間もなく、現在、衆議院選挙に向かって活動を続けている。

我が家には小学6年生の息子と来週入学式を迎える1年生の娘がいる。子供たちには悪いが、濱田は子供と遊ぶことはほとんどない。また、どこかに連れて行くということもほとんどない。そういった意味では、可哀そうだとも言える。

かといって、子供たちと会話がないかと言うと、家庭内は会話で溢れている。

まあ、ちょっと、というか、ずいぶん変わっている父親だとは思う。

その父親は、これからも選挙と仕事を、休むことなく、やっていくのだと思う。

2021/04/09(Fri)
格差社会
この国では、格差が急拡大している。

昨年、この国ではじめて、年収200万円未満の労働者の数が1200万人に達した。この数は、労働者の約20%に相当。

現在、我が国の就労人口は約6000万人で、その内約40%が非正規労働者として働いている。

また、世帯年収125万円未満のいわゆる相対的貧困家庭で暮らす子供の割合は7人に1人となってしまった。ちなみに、本県ではこの割合が6人に1人となっている。

するとどうなるかと言うと、食事が満足に食べられない子供が全国で多発し、結果、【子ども食堂】が設立されることになったのだ。

熊本県の調査によると、本県における【子ども食堂】の数は、3年前は31だったのが、今年1月には88に急拡大を遂げていたことが判明している。全国では、昨年暮れに5000を超えた。

国民生活が、以前に比べて、苦しくなっているのは明らかと言える。

では政治は、なにをしていたかと言うと、ほとんど無策と言える状態が続いた。

現在、日本の株式市場の時価総額は約690兆円。

つまり690兆円あれば、すべての日本企業を買い占めることができる。

この8年間、日本政府は年金の原資(GPIFの資金)と日銀を使って、日本企業の株を買い漁ってきた。すでに690兆円の内、90兆円・13%分を買ってしまったのである。

本来、株価は企業の業績とその将来性を基準に決まっていくものだが、そんなことは関係なしに株価は上がり続けた。政府と日銀が公的資金を投入して、株を買い支えたので、上がるのは当然であった。

株が上がって大喜びをしたのは、投資家やお金持ちだけで、株を持っていない庶民には、関係のない話であった。

ちなみに、市場を無視した金融政策を取り続けた結果、日本は世界から大きく取り残されつつある。

本来、淘汰されるべき企業や、M&A等で再編されるはずの企業が、政府と日銀による株価買い支えによって、生き残り、結果、日本企業の新陳代謝がほとんど進まないという現象が起きてしまったからだ。

詳しくは書かないが、相当深刻な事態になりつつある。

そもそも中央銀行が公的資金を使って民間企業の株を買ってる国なんて、日本以外にない。いかに市場原理を無視した、トンでもない政策を日本政府と日銀が採用しているかが、その1点だけでも分かる。

日本はいつから社会主義国家になったのか?そんな政策なのだ。

こんな市場を無視した政策は、出口戦略も難しいことになる。

とにかく、野党は攻めどころ満載なのだ。今の政治を支持する人たちって、よっぽど株で儲けた人なんだろうと思う。

2021/04/07(Wed)
シックスセンス・第6感
人間には第6感という不思議な力がある。

本日、第6感的なことがあった。

1週間ほど前、濱田のチラシを読んだという女性から濱田事務所に電話があった。濱田はその女性と面識はない。

「応援したいので、資料を送って下さい」

とのこと。電話を受けたのは、事務所スタッフ。

早速、その女性の住所に後援会加入届など一式を送付。

そして本日のこと。

濱田の6歳の娘は、義理の祖母と叔母に連れられて、街中のあるマンションに行くことになった。そしてそのマンションの1階で、ある女性とエレベーターに乗り合わせることになった。

その女性は、6歳の娘に、

「お母さんと一緒ですね。」

と声を掛けたという。

すると濱田の娘は、

「この人は叔母様。私の名前は濱田〇〇」「私は濱田大造の娘です」

と言ったのだという。

すると、その女性は、

「濱田大造さんって、あの濱田大造さんですか?」

「実は今しがた濱田大造さんに寄付金を入れてきたところだったの。」

と、その偶然に驚いたのだとか。

チラシを読んで、寄付金を送りたいとの申し出は、年に1回あるかないかのことで、しかも寄付金を郵便局に入金した直後に、たまたま濱田の娘と会うという奇遇。

しかも、ふだん、娘は「私は濱田大造の娘です」なんてことは言わないのだ。

家内は、姉からその話を聞いて、すぐに濱田に連絡を寄こした。

実は、濱田は第6感的な感覚の持ち主で、過去、不思議な驚きのエピソードが山のようにある。娘にもその第6感的なものがあるのかな、と思った次第。

まあ、今回の件は、偶然ではないことだけは確かなようなのだ。

目に見えないご縁を大切にしたいものである。

2021/04/05(Mon)
5年目
2017年4月5日に株式会社ウェルフェア熊本を設立。会社は5年目に入った。昨年の4月からは有限会社 草佳苑が加わり、社員数は総勢63名となった。家内と濱田を入れると65名の会社。

濱田は、次の一手を考えるのが好きで、すでにいくつかの構想がある。そのうち、兄が東京から帰ってくるので、仕事を任せることになるのだと思う。

仕事は自分で創り出すもの。

昨年11月に始めた介護・福祉タクシーは、徐々に売り上げを伸ばしている。現在、2台で運行。

担当者は大変そうだが、成果が徐々に出始めている。担当者は、病院や介護事業所、ケアマネージャーさんのいる居宅支援事業所等に営業に行った。

営業に行くのなんて、初めてのことだったという。介護タクシーのチラシを作って、営業に行く。

中々仕事が取れない時期もあったが、

「焦る必要はないさ、先は長いから」「自分の頭で考えるから、面白いんだよ」

と濱田。

最近では、仕事が受けれないくらいになりつつあるのだとか。

仕事と言うのは、めんどくさいものである。お客さんへの気遣い、行政への書類作成等々。時には失敗もある。

でも、たいへんなことがあるからこそ、自分の頭で考えるから、面白いのだ。

濱田の感覚では、10年後にはかなりの規模の会社になるだろうな、と感じている

2021/04/03(Sat)
運を呼び込むということ
濱田は【運】のある男だと感じている。

人生を振り返ってみて、ことごとく運に恵まれてきたことを思うのである。

50年も生きてきたら、良い時も悪き時もあったが、どんな時も運が味方してくれたことを思うのだ。

最初に濱田の運の良さを見抜いたのは、同じ高校・大学に進んだ友人のA君だった。

27歳の頃、二人で新宿で飲んだことを覚えている。その友人は大手外資系金融機関へ転職が決まった直後で、濱田はモスクワ大学留学が決まった直後だった。つまり共に人生における大きな転機を迎えた時期であった。

その友人は、「大造には運があるよ。高校や大学の同級生たちの中で、群を抜いて運があった。」

と言った。

その後、彼は考えられないくらいの成功を収めて、濱田は県議になった。彼は今でも良き支援者であり理解者でいてくれている。

50歳になってみて振り返るに、その友人が言ったように、濱田には運あったことを思うのである。

では、どうやったら運が良くなったのか?濱田は何を心掛けて来たのか?


〇いつも前向きに生きること
〇最善の努力を惜しまないこと
〇悲観的なことは決して口にしないこと
〇人の悪口や批判は口にしないこと


濱田は、これらのことを心掛けて生きてきたと言える。

すると、運が開けたのだ。

もちろん、濱田も人間であり、怒る時もあれば、腹が立つ時もある。悪口や批判をされる時もある。そんな時は、「あの人は暇だから俺の悪口を言うんだろう。悪口や批判は、暇な人の特権よ。」と思うことにしている。すると怒りは収まる。

4月になって、会社には新しい従業員さんが2名加わった。看護士さんと運転手さん。

会社を始めて5年になるが、経営者が努力をしないで、悲観的なことばかりを口にして、たえず従業員や取引先の悪口を言うならば、人は離れ、すぐに会社は潰れる。

政治も同じである。

濱田は、これからも運を呼び込む努力をしていくのだと思う。

2021/04/02(Fri)
11年目
前回の県議選から2年が経過。この4月で県議として11年目に入ったことになる。

50年生きてきて、その内10年間を県議として過ごしたことになる。

これに関しては、もう感謝しかない。支援者の皆様、有権者の皆様、すべての関係者に感謝となる。

議員の仕事は多岐にわたるが、やはり一番大切な仕事は、議会で質問することにあると考えている。質問は、県民の代表者として、県に対して行うものなのだ。

現在、県議の定数は49人。条例で定められている任期中6回の質問の権利をすべて行使している議員は、実は少数派となっている。

濱田は、自分なりにコツコツと地道に仕事をしてきたと思う。県民に代わり質問をしてきたと感じている。

そんな仕事の延長線上に今回の衆議院選挙への挑戦があるのだと感じている。

今回、衆議院選挙に立候補するなら、自身7度目の選挙となる。2003年の初挑戦から考えるなら、18年間で7回目の選挙(県議選5回、衆議院選挙2回)。

選挙というのを悲観的に捉える人がいるが、そんなことはない。

大きな選挙になればなるほど、それに係る関係者の数は増える。

つまり出会いが増えるのだ。

【人こそ財産】と考えるなら、これほどありがたい機会はないのだ。

濱田は、何事も超前向きに捉えて生きてきた。これからもそうだろうと思う。

さて11年目、どんなことが待っているのか。