活動日記

2023/01/29(Sun)
曖昧な国の厳しい現実・そのE
敗戦から5年が経ち、1950年6月、朝鮮戦争が勃発。

日本は、GHQにより再軍備を迫られることになる。1950年8月、警察予備隊が発足。その後、警察予備隊は52年に保安隊、54年に自衛隊と名称を変え現在に至る。

アメリカ・GHQの都合によって、平和憲法が与えられ、日本は軍隊を持たない・持てない国となり、アメリカ・GHQの都合によって、事実上の再軍備を迫られたのだ。

日本の政治家、時の首相は吉田茂。

どう対応したのか?

吉田総理は、平和憲法を盾として、【軽武装、経済重視】を主張したのだ。

「日本は、平和憲法があるので、軍隊は持てません。アメリカさんが言うなら、仕方ありまへんけど、必要最低限の防衛予算しか組めませんがな」

そんな感じで、のらりくらりと、かわしたのだ。

吉田茂総理は、タフネゴシエーターだった。日本の現実を見据え、経済重視で国民生活を優先。

もちろん、吉田茂総理は、理想主義者ではなく、現実主義者だった。日本国憲法の問題点・課題点も理解しており、そんなに遠くない将来、改正が必要であることは、十分、理解していた。

しかし、まさか、戦後78年が経過しても、改憲に至っていないとは、ゆめゆめ思ってもいなかったであろうことが言えるのだ。

国益を守るために、したたかに振舞うこと。

岸田総理が、国会でなにも議論してないのに、アメリカのバイデン大統領に「防衛予算倍増を倍増しました」と進言するのとは、大違いな政治があったのだ。

(続く)

2023/01/28(Sat)
曖昧な国の厳しい現実・そのD
日本国憲法が誕生した当時の空気感はどうだったか?

ほとんどの日本人は忘れてしまっているが、【歓喜】に沸いたのである。

新しい日本がはじまる。日本の再生。日本の復興。戦争を放棄し、軍隊を持たないことにより、真の平和が訪れる。

1931年の満州事変から始まって、日中戦争、日米開戦。そして1945年の敗戦に至るまで。

なんと日本は、15年間も戦争をやりっ放しだったのだ。

末期には、日本全土が火の海になり、食料は欠乏し、まともな国民生活ができない状態に陥っていた。

第二次世界大戦では、日本人は320万人が亡くなり、アジアを中心に2000万人を超える人々が戦火に巻き込まれ命を落としている。

1945年の敗戦当時、日本人の人口は約7500万人。その内、日本帝国陸軍または帝国海軍に所属の軍人の数は、800万人に上っていた。

なんと国民の10人に1人以上が軍人の国。現在、自衛隊の数が約23万人であることを考えると、その数の多さが理解できるのだ。

国民は、天皇陛下は、現人神(あらひとがみ)だ、と信じ込まされていた。生き神様。直接、仰ぎ見ると、目が潰れる。そう信じ込んでいた。ちなみに玉音放送が流れるまで、国民は天皇陛下の実際の声を聴いたことがなかった。

GHQは戦後、天皇に対し、【人間宣言】を行うことを命じた。実際に1946年1月1日、天皇は自分は人間であると宣言。

昭和天皇は、『天皇を現御神(アキツミカミ)とするのは架空の観念である』と述べ、自らの神性を否定している。

当時、人間宣言をしなくてはならないほどに、多くの日本人は、天皇は現人神だと信じ込んでいたのだ。

政府が、国民を洗脳するということが、実際に起きていたのである。

ある意味、日本はカルト国家だったことが分かる。また、為政者たちにとっては、国家元首である天皇が神様にしておく方が、都合が良かったのだ。

天皇陛下=現人神 のために命を捧げろ 

と言えるのだから。

1946年11月3日に公布された日本国憲法に日本国中が歓喜。

これで、永久に戦争を放棄し、軍隊も持たなくて済む。誰も殺し殺されることがなくなる。平和が訪れる。

歓喜に沸く日本人。

しかし、喜ぶのも束の間、朝鮮戦争の勃発によって、日本の再武装が、訪れることになるのだ。

(続く)

2023/01/27(Fri)
曖昧な国の厳しい現実・そのC
日本の【国体】を解体すること。

それが、GHQの大きな目的だった。

二度と欧米諸国に歯向かって来ないように。二度と立ち上がれないように。そして、復讐を企てないように。

日本の国体を解体すること。それが至上命題だったのだ。

アメリカ合衆国(GHQ)は、なぜ、島国の日本が強いのか?なぜ、近代化を急速に成し遂げたのか?

アメリカ合衆国政府は、日本に関するあらゆることを徹底的に研究している。歴史学の観点から、社会民俗学の観点から、文学歴史の観点から、言語、宗教、経済、農業、資源etc.

日本に関して徹底的に調査研究。

なぜ、歯向かえたのか?なぜ、強いのか?なぜ勤勉なのか?なぜ急速に近代化が可能だったのか?

結果、以下の分野を解体することが決まったのだ。

1、天皇制の解体
2、財閥の解体
3、地主制度の解体(農地解放)
4、教育制度の解体


1、天皇制の解体

日本の強さの根源には、【天皇制】があった。だから仕組みを解体すること。それに続く【家父長制】の解体。

天皇制は、当時の日本の政治家の強い働きかけと、GHQの思惑(象徴として天皇制を残す方が、統治がしやすいだろうと言った見込み等)によって辛うじて、存続が許されている。


2、財閥の解体

日本経済の基盤を解体すること。だから、三井・三菱・住友といった財閥を解体。日本人は、商売においても欧米に引けを取らなかった。その経済基盤を崩すということ。


3、地主制度の解体

戦前、日本には全国各地に豪農が存在した。何百年も続く大地主制度が全国各地に網羅され、日本の農業は盤石な状態にあったのだ。

地主制度を解体することにより、日本の基盤を弱くできる。

そこで強行したのが、農地解放(1947年)だった。全国各地の地主は、小作(農業労働者)に農地をタダ同然で払い下げることになったのだ。

当時、小作はタダ同然で農地が手に入ったので、もちろん大喜びをした。

結果、どうなったか?

日本の農地は細分化されてしまった。それまで経営のこと等、考えたことがなかった小作の多くは、生業としての農業に失敗したのだった。また、細分化された農地だったので、全国的に兼業農家が爆発的に増えてしまったのだ。

戦後、日本は一貫して食糧自給率が低下している。現在自給率は38%前後。日本の自給率低下の背景の大きな要因の一つとして、農地解放、地主解体があったことは間違いない事実と言える。

ちなみに、アメリカ政府(GHQ)は、日本の食の解体を企てていた。

学校給食では、パン食が奨励され、牛乳が奨励された。乳幼児には、粉ミルクを奨励。学校給食の導入当初は、毎日、パンが出されていた。

つまり食の欧米化が推進されたのだ。

大部分の小麦は、米国からの輸入に切り替わり、牛を始めとする家畜の飼料は、アメリカ産のトウモロコシに切り替わっていった。

アメリカ政府にしてみれば、アメリカ産の小麦やトウモロコシ等の農産物が売れることが大切であり、日本の農業がどうなろうと、知ったことではなかったのだ。


4、教育制度の解体

アメリカ政府(GHQ)は、人つくりにも着目している。日本の教育システムが、強靭であること。全人教育を行っていることを着目。

人づくりは、強い国家を創る。だから、それを解体。

戦前の日本の教育は、優れていた。

旧制中学そして、全国の旧制高校。旧制高校は、第1高等学校から第7高等学校まであった(と記憶している)。ちなみに1高は東大駒場にあたり、5高は現在の熊本大学。

旧制中学および旧制高校のユニークな点は、中学および高校の入学試験は熾烈を極めたが、旧制高校の入学定員と全国に7つある帝国大学(東京帝国大学、京都、大阪、東北、九州、北海道、名古屋帝国大学)の入学定員が同じだった点にあった。

だから、明治から昭和に初期にかけて、若者は高校に入学すると教養を大いに高め、のびのびと大らかに育った。そして大学に入り本格的に各分野で研究に没頭できたのだ。

旧制高等学校と旧帝大の定員が同じだから可能なことであった。

大らかな教育システムは、スケールの大きい人材を輩出する。

賛否はともかくとして、日本人が中国のほぼ全域を版図としたことも、広大な満州国の建設という壮大な計画を立案できたのも、世界最高峰の技術を生み出したのも、戦前の教育システムの成せる業であった。

濱田は、大学生の頃、中国の最果ての地、満州国の奥地(内モンゴル自治区)まで行ったことがある。

その昔、日本人が中国の奥地まで出向き、壮大な計画を立てたことに驚きを感じざるを得なかったことがある。壮大な夢。壮大なロマン。

いまの日本の教育システムでは、そんな壮大な計画を立てる日本人は育たないであろうことは、確かなことなのだ。

GHQは、日本の教育システムを危険と見なし、解体。

どうなったか?

戦後、教育現場では、戦前教育は、全否定されてしまったのだ。そして自虐史観が横行。日本は諸外国に悪いことをしたんだ、という自虐史観の植え込みが盛んに行われたのだった。

そしてかなりの数の学校で、国旗も掲揚しないし、国家も歌わない、謳わせないとう異常事態が長く続いた。(現在はこの問題は全国的に解消)

戦前は、学校の先生のことを、聖職者と呼んだ。いま、そんなことを思う人はほとんどいない。なぜなら、先生は労働者になり下がってしまったからだ。濱田が小学生の頃は、1日中、ジャージ姿で過ごす先生が主流だった。

敗戦の結果、日本はあらゆる分野で、国体の解体が、ずいぶん進んだことが分かる。

上記のことは、誰も教えてはくれない。少なくとも学校では教えてくれないことなのだ。

(続く)

2023/01/26(Thr)
曖昧な国の厳しい現実・そのB
自衛隊は、軍隊か否か。

日本国憲法が抱える象徴的な問題であり、また日本人の曖昧さを象徴する端的な事例と言えるのだ。

ちなみに、日本国憲法は、当時日本を占領していたGHQが、突貫工事で作り上げた憲法と言える。一説では、約1週間で出来上がった憲法とも言われているのだ。

当時の幣原喜重郎総理も、その後、GHQ・マッカーサーと渡り合った吉田茂総理も、新憲法である日本国憲法の矛盾点や問題点は、分かっていたはずで、発布されてから、その後、現在に至るまで、ただの一度も改正されていないことは、想定していなかったのではないか、と想像するのだ。

日本国憲法では。戦争放棄を謳い、陸海空の軍隊を持たないと明記。

本来、独立国で軍隊を持たないということは、あり得ないことなのだ。

軍隊を持たないことは、一種の理想なのかも知れない。しかし、人間社会というのは複雑怪奇で揉め事は四六時中起こるものなのだ。どこの国でも治安の維持は欠かせない。だからどこの国にも警察があるのだ。

国同士の衝突・諍いとなると、中々解決しないの常であり、警察の一段上の存在である【軍隊】が必要になるのだ。

そして国同士のもめごとが、話し合いで解決できない場合、戦争となる。

ちなみに、なぜGHQは、日本国憲法で戦争放棄の条文を入れたのか?

理想に燃えたヒューマニズムがそうさせたのか? 本当に平和を望んだのか? 日本人のことをおもんばかったもか?

否、日本人が怖かったのだ。復讐されることを恐れたのだ。

欧米人・GHQは、日本及び日本人を恐れていた。

明治維新からわずか十数年で、日本は欧米列強に肩を並べるようになった。こいつら、なんなんだ、と思っていたら、日清・日露戦争で日本は勝利。

アジアのサルと見なされていた民族が、あのロシア帝国を打ち負かす。当時最強と言われていたバルチック艦隊を完膚無きままに叩きのめしてしまったのだ。

日本帝国海軍が、ロシアのバルチック艦隊に勝利。当時、このニュースは、計り知れない衝撃が世界に与えた。

日本は植民地支配をし出したら、欧米のどこの国よりも上手くやってのけた。

欧米は植民地を搾取の対象としか見ていなかったが、日本は植民地の住民を日本人と同等と見なした。だから、朝鮮でも台湾でも、高等教育が普及し、医療衛生は向上し、インフラが整備され、各地に街が創られ、農業の技術指導が行われ、新しい仕事が創られ、生活は向上し、そして人口が増えた。

欧米の植民地では、基本、人権などはなかった。人と資源は単なる搾取の対象でしかなかった。だから、人は売買された。アメリカ合衆国でも南北戦争くらいまで、人はふつうに売買されていた。

日本の植民地の運営は、欧米諸国とは一線を画していた。

日本は、戦闘機を造らせても世界一のモノを造った。三菱重工業が製造したゼロ戦が有名だが、当時、その性能は、断トツの世界一だった。

ゼロ戦は、どこの国の戦闘機よりも速く、そして遠くまで飛んだ。高速で回転するプロペラの隙間から弾が飛び出す仕組みは、世界を驚かせた。旋回の素早さも世界一。

戦艦を造らせても、日本人は世界一のモノを造ってしまう。空母を造っても、そう。

そして気が付けば、広大な中国のそのほとんどが、日本の領土になっていたのだ。

第二次世界大戦(1941年12月8日)が始まり、欧米は日本の恐ろしさを知ることになる。

イタリアが降伏し、ドイツが敗れても、日本だけが徹底抗戦。

日本だけが、世界中を敵に廻して徹底抗戦。中国全土で戦い、満州国で戦い、東南アジア諸国で戦い、インドの国境線で戦い、太平洋で戦い、北の海で戦ったのだ。

日本兵は勇猛果敢だった。どこの国の兵隊より果敢だった。最後には特攻まで仕掛けてくる。神風特攻や人間魚雷。そんな戦術は、どこの国にも発想としてなかったことだった。

狂気の国・クレイジーな奴ら。

激戦の地・硫黄島は陥落し、GHQは硫黄島に飛行場を整備。そしてB29大型爆撃機は、日本全土に焼夷弾を落とし、日本全土を焼け野が原にした。日本人を皆殺しにする作戦。ジェノサイト・大量虐殺が行われたのだ。そして沖縄上陸作戦を敢行し、10万人以上の沖縄県民が犠牲になった。

それでも足らず、アメリカは広島と長崎に原爆を落とした。

先の大戦で、亡くなった日本人は、約320万人とされる。

大量虐殺を行った彼らが考えたのは、なんだったか?

復習を恐れたのだ。

こいつら、極東のサル、危険な奴らが、二度と俺たちに歯向かわないようにする手っ取り早い方法。

軍隊を持たせない。軍事力を放棄させる。

そして生まれたのが、日本国憲法だったのだ。

(続く)

2023/01/25(Wed)
曖昧な国の厳しい現実・そのA
1947年に施行された日本国憲法は、全部で11章・103条によって構成されている。

第2章「戦争の放棄」は、第9条の1つの条文で成り立っている。

第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

第2項で、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない、と明記。

戦争を放棄し、軍隊を持たないと明記した9条の存在により、日本国憲法が、平和憲法と呼ばれる所以となったのだ。

では、自衛隊は何なのか?

日本政府は、わが国の自衛権が否定されない以上、その行使を裏づける自衛のための必要最小限度の実力を保持することは、憲法上そして国際法上、認められると解釈。

あくまで自衛のために【専守防衛】に徹する組織。だから、自衛隊は、軍隊ではない、という解釈の元に、これまできたのだ。

2021年の世界各国の軍事費比較によると、自衛隊の予算は、54,124百万ドルで、世界で第9番目となっていた。

他国から見ると、自衛隊は、武力的にも予算的にも、どこからどう見ても、列記とした軍隊と言えるのだが、日本政府の解釈によると、あくまで軍隊ではなく自衛隊となるのだ。

日本人は、本音と建て前を上手く使い分けてきた民族である。

使い分けの象徴的な存在が、つまりは、【自衛隊】だったのだ。

第二次安倍政権の時、【集団的自衛権】を認めるか否かで、えらく揉めた。

それ以前は、自衛隊に認められていたのは、自国を守る【個別的自衛権】のみで、たとえ、同盟国が攻撃されても、自衛隊が出る幕はなかった。安倍元総理は、従来の政権の見解を覆し、なし崩し的に集団的自衛権に移行してしまったのだ。

賛否が割れたが、国際情勢を考えるなら、妥当な判断だったとする意見が多数を占めた。

そして昨年末、岸田総理は、突如として、防衛費の倍増を宣言。

欧州各国・NATO加盟国と同等のGDPの2%の防衛予算。2027年までに防衛費を約11兆円にすること。5年間で足りない予算は43兆円で、どうしても足りない年1兆円分は、【増税で】国民の皆様にお願いしたい。

1兆円は、法人税の増税、たばこ税の増税、個人からは復興所得税の延長でお願いしたい旨の会見を行ったのだ。

憲法で軍隊は持たないと明記しているのに、事実上の軍隊を持つということ。軍事予算なのだが、防衛予算と呼ぶということ。

専守防衛のはずなのだが、敵基地攻撃能力を持つということ。

これまで、日本は、建て前と本音を巧妙に使い分けてきたのだが、もうそれが許されないところまで来てしまったと言える状況下にあるのだ。

日本人が許しても、国際情勢が許してくれないという厳しい現実。

曖昧な国が直面する厳しい現実があるのだ。

どうする日本。どうする日本人。

(続く)

2023/01/24(Tue)
曖昧な国の厳しい現実・その@
日本人は、本音と建て前を使い分ける民族と言える。

本音と建て前。

例えば、中元・歳暮等の贈答文化。日本人は、相手に品物を贈る際、【つまらないものですが】が、常套句として用いられてきた。

外国人からしたら、プレゼントと言うのは、自分が「素晴らしい」と考える品物を贈るものであり、「つまらないもの」を贈るのは、「WHY・なぜ?」となるのだ。

つまり外国人からしてみれば、つまらない物を贈る日本人は理解不能となる。

また、今ではほとんど使わなくなったが、家族を紹介する際、「うちの愚妻が」「うちの愚息が」は、正式な社交の際の慣用句として用いられてきたのだ。

さらには、日本の会議。

日本人は、会議においては、ほとんど発言しないとされる。会議において、闊達な意見と言うのは、ほとんど交わされることはなく、出てくるのは、あくまで当たり障りのない意見となれる。ほとんどの参加者は、押し黙り、発言を促されて口を開けば、無難なことを口にするのだ。

仮に会議で、本音を語っても、何も変わらないし、本音を語った本人は、異端者もしくは変人扱いを受ける。

そして、本音と建て前を上手く使い分ける者のみが、要職を占める。

それが日本なのだ。

なぜ、このような本音と建前が存在するのか?

これは日本人が農耕民族として生きてきたことと深い関係があるとされる。

村の生活においては、そのほぼすべてが共同作業となる。作付けから収穫まで、すべてが共同作業。もちろん、冠婚葬祭も共同作業。

共同作業を行う際に大切なことは、全会一致であること。大切なことは、合議による全会一致。日本人は、多数決で決めるということはしなかった民族なのだ。

本音を言ってしまうと、小さな村で争いごとに発展。それを防ぐために、本音と建て前を、上手く使い分け、合議による全会一致で解決を図る。

ちなみに合議と言うのは、限りなく談合と同義と見做して良い言葉と言えるのだ。

本音と建て前を上手く使い分ける。それが日本人であり、その日本人の民族性は、21世紀になっても健在なのだ。

(続く)

2023/01/23(Mon)
ポスター
濱田は、選挙の度にポスター用の写真を撮り直している。

今月12日に撮影し、何枚かピックアップし、2点に絞っていた。

本日、デイサービスのスタッフや利用者様、家族で、投票の結果、採用する写真が決まった。

他愛もないことなのだが、結構、盛り上がった。

中1の息子や小2の娘は、父親が議員と言う、ある意味、特殊な仕事に就いている人であるという認識がある。

だから、基本、学校の行事等には、来て欲しくない、授業参観や部活の試合等、どれも来るな、となる。

だから、濱田は、ほとんど行ったことはない。

その代わり、選挙の際は、「選挙カーで学校の周りを、ぐるぐる廻るよ」とうそぶく。「〇〇ちゃんが、お世話になってまーす!」ってね。

すると、子供たちは、最悪だ、と嘆くのだ。

県議選は3月31日告示。

事実上の終盤戦。

あと約2ヶ月、頑張るとするか。